はじめに
今回は、古くから「身延に詣れば七面へ」と言い伝えられるほど、日蓮宗において重要な聖地である七面山(標高1,989m)へ、単なる登山を越えた、歴史と信仰が息づく「登詣」の様子を紹介します。
【七面山の位置と周辺図】

【登山ルート】
羽衣(表参道)→ 敬慎院→ 七面山山頂 → 希望峰 → 敬慎院(宿泊)
→裏参道 → 角瀬→赤沢宿 → 羽衣

【標高グラフ】
2日間で歩いた距離は、約22km。累積獲得標高は、約2,200mでした。

天空の修行場「七面山敬慎院」とは
山梨県、身延山の西にそびえる標高1,989mの聖山、七面山。その山頂近くに位置する敬慎院は、日蓮宗の総本山・身延山久遠寺の奥の院として、古くから厚い信仰を集めてきました。
ここは単なる観光地ではありません。かつて日蓮聖人が身延山で説法をしていた際、美しい女性に姿を変えて現れたという「七面大明神」を祀る、龍神伝説が息づく霊場です。仏教の仏様と七面大明神という神様という「神仏の習合」する大変興味深いところでした。
◾️登詣の道: 麓から約5km、標高差1,200m。50ある丁石を数えながら、ひたすら険しい坂を登り切った者だけが、その壮麗な山門をくぐることができます。
◾️朝晩のお勤め: 滞在のハイライトは、朝夕の「お勤め」です。読経とともに、山々に響き渡る力強い太鼓の音。アップテンポな木魚の音と、必ずしも揃っていないが一体感のある独特の読経。それを聞いていると、読経の重なりやリズムが、まるで即興演奏のジャズを聴いているかのような一体感を醸し出していた。
◾️御開扉: 夕方に行われる御開扉式では、目の前で七面大明神の御神体にお会いすることができます。
◾️精進の食と泊: 宿泊してお参りすることは「参籠」と、宿泊者は「お上人」と呼ばれ、登山者の私でも等しく迎え入れられます。提供される食事は、肉や魚を一切使わない伝統的な精進料理。素朴ながらも、厳しい山歩きの後の身体に染み渡りました。参籠修行(宿泊参拝)は、1泊2食付で1名6,500円(御開扉料含む)でした。
あいにく、数日前より断水しており、シャワーを浴びることができないなど不自由はありましたが、山小屋に宿泊すると思えば、私としては何も不自由はありませんでした。
ただの登山者である私も快く受け入れてもらえました。宿泊して参拝することを参籠と言います。今回、参籠者は私一人でした。しきたりなどもわからず、失礼があったかもしれませんでしたが、実際に来てみないと分からないことや感じるものが多々ありました。
敬慎院では、携帯もつながらずデジタルデトックスをしながら過ごした一晩。自分自身と向き合う時間が十分にあり、内面を深く見つめ直す思索の旅となりました。
信仰の道:「五十丁」の表参道
羽衣の登山口から敬慎院までは、標高差約1,200mを一気に登ります。
丁石を数えながら、表参道を歩く
「⚪︎丁目」と刻まれた灯籠から始まる道は、かなり急な坂道ですが、九十九折りで登りやすく整備されています。一丁ごとに置かれた丁石を数えながら、自分の中の「邪念」を払い落とすように登ります。登山の開始では多くの汗をかくことで、都会で湧き出る「邪念」が消えていく感覚が登山の楽しみでもあります。



信仰の拠り所「お坊」の文化
道中には、かつて宿泊も可能だった「坊(休憩所)」が点在します。各坊では、信徒の方々が唱える「南無妙法蓮華経」の力強い唱題が響くこともあるようです。厳冬期でもあり、ひっそりとした参道でした。


参道の途中、赤沢宿が見えました。

45丁目・和光門の向こう側
霧の中に現れた「和光門」。ここをくぐれば、そこはもう七面大明神の懐です。ガスがかかってきて、空気が一変。聖域らしい静寂が支配します。

いよいよ50丁目の敬慎院に到着しました。


敬慎院での一夜:「参籠」体験
標高1,700mを超える場所に、これほど巨大な寺院が存在する。その事実にまず圧倒されます。
宿坊での過ごし方
夜は19時、朝は6時(時期により変動)から始まるお勤めに参加します。18時30分には、御開扉式があり七面大明神の御神体にお会いすることができます。

お部屋はシンプル。他に参籠者がなかったので、一人で使わせていただきました。

山門へは少し登らなくてはいけないので、モニターで富士山が見えるか確認することができます。

購入した本で、「法華経信仰の霊場 七面山」について学びました。

精進料理
食事は完全な精進料理。肉や魚を一切使いません。木桶に入れられたものは味噌汁です。
多くの参籠者がいる場合、同じ部屋の仲間と分け合っていただくようです。これは「一味和合」といって、皆で仲良く同じものをいただく修行の一環でもあるとのことです。
晩御飯には、1合のお酒が付いていました。


絶景の富士山:山門が切り取る「額縁富士山」
敬慎院の隋身門(山門)は、富士山の真西に配置されています。これにより、春分・秋分の日には富士山頂から日が昇る「ダイヤモンド富士」が見られます。
額縁富士の美学
山門の木枠をフレームに見立てることで、富士山がまるで巨大な宗教画のように浮かび上がります。夕刻、淡い紅に染まる富士は、心を浄化してくれる感じがしました。

暁の御来光
朝のお勤めを途中で退出し、持っていった防寒着を全て着込み、身を切るような寒さの中で待つ御来光。刻々と変わっていく、富士山の色合いをただただ無心に眺めます。





太陽が顔を出した瞬間の絶景を独り占めしました。



頂上を越えて、南アルプスのパノラマへ
多くの参拝客は敬慎院で折り返しますが、登山者ならさらに30分ほど登った「山頂」とその先の「希望峰」まで足を伸ばすべきです。ただし、敬慎院から先は本格的な登山道になります。
樹林に囲まれた最高点
七面山山頂(標高1,989m)は展望こそありませんが、三等三角点が鎮座する静かな場所です。


希望峰:南アルプスの白銀の峰々
七面山から先にある希望峰に向かいました。ここからは一転、北岳、間ノ岳、農鳥岳の「白根三山」や聖岳など全て南アルプスの主要な山々を見ることができます。



木々が霧氷を纏い、まるでクリスタルの森のような美しさを見せてくれました。

赤沢宿:江戸時代へタイムスリップ
帰路は「裏参道(北参道)」を下ります。下山後に向かった赤沢宿は、重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。身延山と七面山をつなぐ間の宿場で、今も30戸ほどの人家が点在し、昔の宿場町の風情を残している貴重な天空の集落です。
裏参道で下山
早朝の参道では、鹿の親子が出迎えてくれます。人に慣れているようで、あまり逃げません。

奥の院にある影嚮石。しめ縄を張った巨大な石で、この石のところに七面大明神が現れ(影嚮)たと伝えられるところです。

一気に下山して、登山口の神通坊です。角瀬側の裏参道の登山口です。ここまではバスで来ることもできます。

昔の宿場町の面影を残す赤沢宿
舗装道路の上り道を2kmくらい歩いて、赤沢宿に向かいました。

かつて身延山と七面山を繋ぐ宿場町として栄えた赤沢。今も「大阪屋」や「喜久屋」といった風格ある旅館が立ち並びます。石畳の坂道を歩けば、当時の巡礼者の足音が聞こえてきそうなほど、当時の面影が色濃く残っています。まさに、天空の村。残って欲しい日本の風景です。






白糸の滝とお萬の方像
赤沢集落から舗装道路を歩いて、再び羽衣へ戻りました。ここには、白糸の滝とお萬の方像があります。七面山はもともと女人禁制でしたが、徳川家康の側室であるお萬の方が、この白糸の滝にうたれて祈念をこらし、衆僧の阻止をふりきって登詣をはたし、女人にもその道を開きました。それ以来、女人禁制がとかれたとのことです。

以上で、七面山登山と敬慎院の宿泊記でした。
ヤマレコの記録
詳細なルートについて、参考としてヤマレコの記録を付けておきます。
七面山は、体力だけではなく「歴史」や「物語」を知って登ることで、価値が高まる山です。 敬慎院の太鼓の音、山門からの富士山、そして赤沢宿の静寂。
ぜひこの「祈りの道」を歩いてみてください。

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