はじめに
週刊新潮で連載されている「燃え殻さん」のエッセイを読みました。燃え殻さんは、毎日朝起きたら必ず文章を書くことにしているそうです。
その姿勢に刺激を受けて、自分もパソコンに向かうことを目指しています。しかし、2週間以上、一文字も書けない時期がありました。
きっかけは、ある「問い」でした。
2ヶ月以上かけて、Kindleで『ベトナム北部(サパ・ハザン・ムーカーンチャイ)2025年旅日記&ガイドブック』という本を書いていました。出張中のホテルの夜など、少しずつ書き進めていたのですが、ある日ふと思ったのです。
「果たして、自分がこれをやることに意味はあるのだろうか?」
世の中にはプロのライターが書いた洗練されたガイドブックが溢れています。個人ブログやSNSにも、素晴らしい旅の情報は無数にあります。自分がやっていることは、その巨大な海に石を一つ投げ込むだけではないか。
そう思った瞬間から、手が止まりました。
この感覚、ブログや本を書いている人だけのものではないと思います。仕事でも、趣味でも、育児でも、「自分がやっていることに意味があるのかわからなくなる」ような瞬間は、誰にでも訪れるのではないでしょうか。
そんな停滞期に、ふと手に取った2冊の本が、自分の思考をクリアにしてくれました。
小川哲さんの『言語化するための小説思考』
1冊目は、直木賞作家・小川哲さんの著書です。小説の書き方を説いた本ですが、ブログやガイドブックを書く自分にとっても、極めて実践的な「伝えるための思考法」が詰まっていました。
特にハッとさせられたのは、「他者視点」の徹底です。
小川さんは、「小説とはやり直しのできる飲み会である」という独特な表現を使いながら、こう説いています。読者は小説家の友人ではなく、赤の他人だ。赤の他人が何を知っているのか、どう書けばわかってもらえるのか、それらを想像しなければならない。
自分がガイドブックを書いていて悩んでいたのは、まさにここでした。自分の体験をそのまま垂れ流すだけでは、読者には届かない。
「読みやすさ」とは、書き手と読み手の「情報量の差を最小化する」こと。そして、そのために最も重要なのが「情報の順番」だと小川さんは言います。
この本を読んで、「自分のために書いていないか?」と自問しました。
読者は、自分が見たベトナムの風景を知らない。だからこそ、自分の目で見た世界を、読者が理解できる形にして届ける必要がある。そのプロセスこそが、書くということなのだと気づかされました。
また、雑誌に載っていたお二人の対談記事も読みました。その中で小川さんが語っていた「大事なのは『答え』ではなく『問い』だ」という言葉 も心に刺さりました。最初から完璧な答えを持っていなくてもいい。「書いてみたいこと」「考えてみたいこと」を出発点にしていいのだ、と。
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阿部幸大さんの『まったく新しいアカデミック・ライティング』
2冊目は、人文学者・阿部幸大さんによるアカデミック・ライティング(論文の書き方)の本です。一見、自分のブログとは無縁に思えますが、ここで語られている「アーギュメント(主張)」という概念が、自分の迷いを断ち切るきっかけを与えてくれました。
阿部さんは、「アーギュメント」を単なる意見ではなく、読者(好意的だが懐疑的な仲間)に対して「証明してみろよ」と問われるような、強度の高い「主張」として定義しています。そして、書く上で何より大切なのは「なぜ書くか」という動機だと。
自分は論文を書くわけではありません。しかし、「なぜこのガイドブックを書くのか?」という「自分なりのアーギュメント(動機)」が欠けていたからこそ、筆が止まってしまったのだと痛感しました。
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自分の足で稼いだ「問い」を書く
この2冊を通じて、改めて自分の内面と向き合いました。
「なぜ自分はブログを書き、ガイドブックを作るのか?」
そこで出た答えは、シンプルでした。「実体験に基づいて書くこと。そこにしか、自分のオリジナリティはない」
サパのぬかるんだ山道、ハザンの圧倒的な峡谷、ムーカーンチャイの棚田の風景。実際に現地へ行き、歩き、息を切らした人間にしか書けない「一次情報」があります。



試しに、書店でガイドブックコーナーへ足を運びました。ベトナムのガイドブックは数多くあります。しかし、自分が旅した「サパ」や「ハザン」の情報は驚くほど少ない。ましてや「ムーカーンチャイ」に至っては、名前すら載っていません。どこをどうトレッキングすれば、絶景に出会えるのか」などという詳細な情報はなかったのです。
「ないなら、自分が書こう」そして、「このガイドブックが、誰かの旅するきっかけとなれば嬉しい」
そう腹を括り、Kindle出版に漕ぎ着けることができました。
出来上がったガイドブックは、プロの仕事には到底及びません。それでも、ウンウンと唸りながら「読者にどう届けるか」を考え、書き上げた経験は、自分にとって大きな意味を持ちました。
自分を覆っていた殻を、薄皮一枚分かもしれませんが、破ることができた。そんな感覚があります。
「うまくやること(結果)」より「なぜやるか(動機)」に立ち返る
小川さんと阿部さんの対談記事の中で、昨今の「言語化ブーム」について触れられています。世の中では「うまく言語化すること(=結果)」が求められがちですが、小川さんは「言語化という営み自体は、古代ギリシャの時代から続いているものだ」とし、阿部さんは「どうして皆が言語化したくなったのかがわからない」と問いかけています。
本当に大切なのは、うまく言葉にできない感情や体験と向き合い、「あーでもない、こーでもない」と悩みながら答えを探す時間そのものなのではないでしょうか。
これはブログに限った話ではないと思います。何かに行き詰まった時、「どうすればうまくできるか」より先に、「なぜ自分はこれをやるのか(動機)」に立ち返ることが、また動き出すための一歩になる。
仕事や勉強などで悩んで停滞することも多いと思います。その時は、「なぜ自分はこれをやるのか(動機)」に立ち返ることが重要であると思います。
2冊の本が教えてくれたのは、そういうことでした。




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