ベトナム北部の旅11 ベトナム民族博物館で54の民族について学ぶ

ベトナム
ベトナム民族博物館

はじめに

今回のベトナム北部の旅については、今回の記事が最後となります。

「ハザン → サパ → ムーカンチャイ」と巡り、多くの少数民族の人々と接してきた。ハノイのバスターミナルの近くに、「ベトナム民族博物館」があることを知って、旅の最後に見学した。

ベトナム民族博物館はとても良くて、少数民族の名前は色々聞いてわかってきたが、どういう関連があるのかわかっておらず、霧が晴れるように知ることができた。さらに、ベトナム南部や周辺国の民族についても知ることができた。

ただ、ムーカンチャイからのバスの到着が午後3時で、見学時間が1時間しか取ることができなかったのが残念であった。

ベトナムの54の民族について学んだことを自分なりにまとめてみた。

ベトナム民族博物館

ベトナム民族博物館は、ハノイ旧市街の西側8kmくらいのところにあり、車で30分くらいかかる。

本館の建物以外に、裏には少数民族の家々が移築されている。ベトナム南部については未だ訪問したこともないが、見たこともない家に興味が湧いた。また、別館には海外の民族の展示もあった。

本館の最初の展示は54の民族の一覧があり、言語によって5つに分類されていることがわかった。

ベトナム北部でよく接したのは、モン族とザオ族とザイ族。モン族とザオ族は、ミャオ ・ヤオ系の語系でわずか3つの民族しかいない。

ザイ族は言葉が全く違うと聞いていたが、その通りでタイ・カダイ系であった。

色々と知らないことばかりでここを眺めているだけで、時間があっという間に過ぎていく。

今までの旅行では見ることもなかった別の部族の展示物が次々を現れる。

モン族の機織りの展示もあり、これはハザンなどでリアルで見たもの。麻を紡いで糸にしている。

紡いだ糸を使って機織りをしている。

屋外には、実際に使われていた巨大な家が移築されていた。南部と北部では全く民族が違うことを実感した。この建物は、ベトナム中部に住むバナ族の集会場のようだ。

三十三間堂のような長い高床式の住居もあった。

ベトナムの54の民族についてまとめてみた

ベトナム民族博物館で54の民族について理解したことを自分なりにまとめてみた。間違いはあるかもしれないが、自分でまとめるとよく理解できる。

人口約9,620万人(2019年国勢調査)のベトナムは、54の民族(キン族と53の少数民族)からなる大きな家族のようなものである。ベトナムの民族の言語は多様であり、オーストロアジア語族、オーストロネシア語族、タイ・カダイ語族、ミャオ・ヤオ語族、シナ・チベット語族の5つの言語族がある。

各民族は独自の文化的アイデンティティを持ちながら、一定の類似点も共有している。民族文化 は、伝統の継続であり、国境を越えた相互交流と相互影響、そして特に中国、インド、東南アジアの 影響を受けた地域における相互交流と相互影響の継続でもある。その後、特にグローバル化の 時代には、西洋の文化的要素が取り入れられている

伝統的に、ほとんどのグループは水稲農業または焼畑農業に依存しており、養鶏、採集、狩猟、 漁業、手工芸(織物、鍛冶、陶器作り、木工)、そして様々なレベルの商業と組み合わされている。ほとんどの民族グループは村を最も重要な社会単位と考えているが、村の組織、家の様式、家族、社会、宗教的伝統は多様である。アニミズムの信仰は今でもほとんどの人々に広く浸透しており、儀式活動の基礎となっている。今日、ベトナムの人々は さまざまな程度の発展と国際的な統合を遂げている。

以上、パネルでの説明があった。

【民族別の人口の割合】

ベトナム総人口のうちキン族が85%と大多数を占める。

モン族は人口ランキングで5番目で140万人ほどいる。33の民族は、人口10万人以下となかなか出会うことも難しそうである。

【54部族についての概要】

今回の旅行で自分が認識した民族を赤字で表示した。ベトナム北部には、主にタイ・ガダイ系とミャオ・ヤオ系が多く住んでいることがわかる。

【言語の系統の特徴】

周辺国を含めた各言語系統の特徴をまとめた。

【各言語系統のベトナムにおける居住地域および特徴】

◆オーストロアジア系

<中央高地の ムモン・クメール人>
この言語グループは15の民族グループで構成され、 総人口は140万人(2019年)です。北部のクアンビン省 から南部のタイニン省とドンナイ省にかけての地域に住んでい ます。
中央高地の中央部と南部では母系大家族が主流ですが、北部では父系家族がより一般的です。父系制度はより古いようです。 一部のグループには、双系家族または同族家族という第3の制度があります。
高地ムモン・クメール族の豊かな文化遺産は、壮大な民話、 水牛の供儀、喪の儀式、そして長屋、共同住宅、墓地の建築様式 によって象徴されています。ゴングアンサンブルの音楽は、 ユネスコの世界無形文化遺産に認定されています。


<北部のムモン族・クメール族>
人口14万1000人(2019年)のクム族、シンムン族、 マン族、カン族、オドゥ族は、北部ムモン族クメール族を構成してい ます。彼らは北西部の諸県からゲアン省にかけて広がる 中部および高原地帯に居住しています。焼畑米の栽培、家禽や 家畜の飼育、狩猟採集、漁業を行っています。彼らのかご細工 は高度に発達しています。
彼らは伝統的に、亀の背のような屋根と、破風の頂上にカウクット (水牛の角とシダの葉)のモチーフが施された高床式の家に住んでい ます。父系制の核家族は、山の斜面にある小さな村に集中してい ます。マン族だけが今も散在して生活しており、それは彼らの遊牧 民としての過去を思い起こさせます。
タイ人とムモン・クメール人は長い間同じ地域で共存しており、文化 的に相互に影響を与え合ってきました。かつてムモン・クメール人は織物を作らず、籠をタイの織物と交換していました。この文化的交流は、 建築様式や住宅装飾、衣服、叙事詩、民話などに表れています。

◆タイ・ガダイ系

<タイ語族>
タイ語族に属する8つの民族は500 万人以上を擁し、ベトナム全土の人口 の5.2%を占めています。タイ族、ヌン族、サンチャイ族、ザイ族、ボーイ族 は北部の北東部に居住し、タイ族、 ラオ族、ルー族は北西部からタンホア 省とゲアン省の西部にかけて分布して います。タイ族の祖先は2000年以上前 からベトナムに存在していましたが、他の民族は 後世、つまり数百年前に移住してきました。
タイ語族の住民は、耕作、集約 農業、灌漑などによる水田稲作 において高度な技術を持ってい ます。彼らの手工芸品の中には、 特に織物が非常に発達しているものがあります。
彼らは家父長制の家族制度を有しています。非常に古い時代から、ヴォン(タイ)やピアタオ(タイ)といった 初期の封建社会組織が形成されまし た。彼らは祖先を崇拝し、儒教、仏教、道教の影響を多かれ少なかれ 受けています。彼らの伝統的な文化 的価値観の多くは、他の民族に 大きな影響を与えてきました。多くの地域では、タイ語またはタイ語が共通言語となっています。


<カダイ語族>
カダイ語族には、ラチ、ラハ、コラオ、プペオの4つの民族が含まれており、北部国境近くの辺鄙な高地に住んでいます。彼らの言語は、オーストロアジア人と オーストロネシア人の古代の歴史的関係を示す重要なつながりを構成しています。
カダイ族は移動農業を営み、丘の斜面を切り開いて焼き畑を作り、種を植えます。中には、岩だらけの斜面に肥沃な小さな開墾地、つまり段々畑を耕す人もいます。彼らはトウモロコシ、 米、塊茎、ヒョウタン、カボチャ、薬用植物を栽培しています
これらの人々の住居は多様で、ラハ族の高床式住宅、コラオ 族とプペオ族の地上住宅、ラチ族の半分が高床、半分が地上にある住宅などがあります。衣服は地域によって異なり、黒、 藍色、または多色のアップリケが施されています。家族は一夫 一婦制で、離婚は知られていません。彼らの文化は、人口の多い隣国であるタイー族、ターイ族、ヌン族、モン族の影響を強く受けています。

◆シナ・チベット系

<チベット・ビルマ語族>
ハニ族、ラフ族、ロロ族、コン族、シラ族、プーラ族 は合計約58,000人(2019年)で、チベット・ビルマ語を話します。一部は北部の山岳地帯に非常に早くから到着 しましたが、ほとんどは17世紀から20世紀の間に移住しました。
彼らは北部国境の高山にある小さな村に散在して住んでいます。少数の他の集団も彼らの村に住んでいる場合があります。 彼らの中には焼畑や移動農業を行う者もいれば、ハニ族やロロ族などの他の集団は灌漑された棚田で水稲を栽培したり、一定の 場所で乾田を耕作したりしています
彼らは緊密な父系家族です。一部の民族では、息子の名前に 父親の名前の最後の部分を組み込む習慣があります。ほとんどの民族 の家は地面に建てられていますが、高床式の家や、半分が地面、 半分が高床式の家を持つ民族もあります。彼らの宗教生活は、祖先崇拝と大地の神を崇拝する毎年恒例の祭りが特徴です。ロロ族は象形文字を部分的に保存し、葬儀で青銅の太鼓を叩く習慣を今も 続けています。

◆ミャオ・ヤオ系

モン族、ザオ族、パテン族の人口は230万人(2019年) で、北部の山岳地帯に居住しています。少数のグループは ベトナム中部に向かってさらに南に居住しています。モン族は 高地に居住し、ザオ族とパテン族は主に中部に集中しています。
もともとはほぼ完全に乾田耕作と焼畑耕作を行っていましたが、現在では丘陵斜面で水田も耕作しています。モン族とパテン族は地面に建てられた家に住んでいます。ザオ族は場所によって異なりますが、地面に建てられた家、高床式の家、または半分地面に半分高床式の家に住んでいます。織物、 刺繍は洗練されています。モン族の金属細工は高度に発達しています。


<モン族>
モン族は19世紀後半から20世紀初頭にかけて高地や 国境地帯に居住し、急峻で高い山々に暮らしています。 この地域は特殊な植物や畜産に適していますが、栽培 に適した土壌は限られています。農産物にはトウモロコシ、 米、野菜、豆類、麻、綿花などがあります。手工芸品、 特に金属細工は高度に発達しています。
村は近隣住民の共同体ですが、血統関係は重要な位置を 占めてきました。人々は儀式的な禁欲なしに同じ血統の人の 家で生まれたり死んだりすることができますが、結婚することはでき ません。家族は父系制で、男性居住地制です。象徴的な 「捕獲結婚」は多くの場所で行われています
ベトナムの主要なモン族は、白モン族、青モン族、花モン族、 黒モン族です。それぞれのグループには、方言、習慣、女性の 服装に表れる地域的なニュアンスがあります。

◆オーストロネシア系

<オーストロネシア 高地民>
中央高地には、オーストロネシア語族の言語 を話す4つのグループ、ジャライ、エデ、ラグライ、 チュルがおり、人口は100万人を超えてい ます(2019年国勢調査)。これらの民族は、母系 血縁関係の強い伝統と、海洋文化の遺産を継承して います。チャム族 との地理的な近さは、東南アジア大陸 部に共通のオーストロネシア文化の礎を築きました。
彼らの祖先は古代から太平洋を経由して中国 南部からこの地域に移住したと考えられて います。彼らはモン・クメール人よりも後、 チャンパ王国の建国よりも前に到着しました。 彼らは焼畑を耕作し、輪作を行っています。 一部の地域では、水田も耕作しており、水牛 の蹄で土を耕しています。彼らは自宅や他の 村で生産物を物々交換しています。
村は、母系大家族と老人会を基盤とし、彼らの 社会組織の基本単位となっています。富裕層と貧困層の階層化がしばしば見られる にもかかわらず、村の共同体的な性格は 非常に強いです。

【ベトナムの民族分布図】

【周辺国の民族分布図】

ベトナム北部は、シナ・チベット系、タイ・カダイ系、ミャオ・ヤオ系が混じり合っていることがよくわかる。シナ・チベット系は多くなく、この地図には無いが、インド北東部やネパールに広がっている。行ってみたい衝動に駆られる。

ハノイ最終日

ハノイでの最終日は、ムーカンチャイからの移動とベトナム民族が博物館見学だったので、初めて旧市街には宿泊しなかった。ベトナム民族から徒歩5分くらいのホテルに宿泊した。旧市街と違うハノイを感じることができた。

ホテルは旧市街に宿泊するより広くて綺麗だった。道路は広いが、夕方には街の中心部から郊外に向かう車とバイクで大渋滞していた。鉄道を建設中。一部開通しているが、渋滞の問題は根深い。

渋滞を避けて、歩道を走行するバイクもいるので、歩くのにも注意が必要。ボーッと歩いてはいけない。

オシャレなお店もある。日本もそうだけど、アジアの夜はネオンが華やか。

昔ながらのお店も多くて、ハノイらしさを感じる。

晩ごはんは、ご飯と鶏肉の定食とハノイビールを注文。コーラを飲むように、氷が出てくる。お腹を壊すリスクを考えて、氷を使わず少しぬるめのビールで我慢した。

暗くなってもバイクは多く、活気があるハノイ。

翌朝、ノイバイ空港経由で日本に帰国。

今回は、11泊12日の旅行で、ハザン、サパ、ムーカンチャイを巡ることができた。サパの天気が悪くて、思い切ってムーカンチャイに行った。ベトナムで最も美しい棚田を見て、モン族の暮らしを見ることができたのは予想外に良かった。

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