はじめに
昭和の名宮大工・西岡常一氏著『木のいのち・木のこころ』を読んだらいてもってもいられなくなり、実際に奈良の「法隆寺」と「法起寺」へ行ってきました。
「西岡氏が手がけた塔や建物に、どうしても自分の目で見てみたい」という気持ちが抑えきれなくなって決めた今回の奈良歩き。まずは、現地を訪れるきっかけとなった本書から得た学びや、宮大工の深遠な教えについて自分なりの言葉で整理してみたいと思います。

法隆寺の敷地に住まい、古建築と向き合った宮大工
法隆寺の敷地内に住まいを構え、その生涯を古建築の保存と継承に捧げた西岡常一氏。西岡氏の最初の大きな仕事が、法起寺の三重塔の解体修理だったとのことです。本の中でその背景を知ってから現地を歩くことで、歴史ある塔を次の時代へとつないだ手仕事の重みがより一層心に響き、旅の味わいも深いものになりました。
💡 西岡常一氏とは?
昭和から平成にかけて活躍した「最後の宮大工棟梁」と呼ばれる方です。薬師寺西塔の再建や法隆寺の昭和の大修理を手がけ、飛鳥時代からの伝統的な宮大工の技術と、木に対する独自の哲学を後世に伝えました。祖父から受け継いだ口伝を守り抜き、日本の伝統木造建築の真髄を現代に蘇らせた伝説的な棟梁として知られています。
『木のいのち・木のこころ』を読んで
宮大工というと頑固な職人気質な方なのだろうと思っていましたが、実際には現代のビジネスでも通用するような優れたマネージャーとしての気質も持ち合わせていなければ成り立たないのだと驚かされました。そのため、建築の技術論だけにどまらず、人との向き合い方や自然との関わり方など、胸を打つ言葉がたくさんありました。自分のなかで特に印象に残ったポイントをいくつか挙げてみます。
木の命を活かすこと、そしてチームのマネジメント
宮大工は優れた職人であると同時に、人間性豊かなマネージャーであり、良き教育者でもあったのです。樹齢数百年から千年を超えるような重い木材を扱うため、仕事は当然チームで行われます。「癖のある木、癖のある人の使い方」という言葉には深く考えさせられました。
- 「樹齢千年なら、建物としてさらに千年活かす」:命ある植物を伐採して使う以上、その木が生きてきた年月と同じだけ長持ちする建物を建てなければ木に申し訳がないという、命に対する真摯な姿勢があります。
- 「木組みは人組み、人組みは人の心組み」:木にそれぞれ癖があるように、人間にも長所や短所、個性があります。個性を無理やり矯正するのではなく、お互いの癖を活かし合って強いチーム(建物)を作るというマネジメントの本質がここにあります。
西岡棟梁が「自然の理に従うこと」の大切さを伝えようとした姿勢は、現代の私たちにとっても、日々の暮らしを見つめ直すきっかけになる気がします。
宮大工の自然観に触れて
本のなかに登場する言葉からは、自然に対する謙虚さが伝わってきます。
- 「堂塔建立の用材は木を買わず山を買え」
- 「木は生育の方位のままに使え」
- 「堂塔の木組みは木の癖で組め」
要は自然の教えるままにしなさいと言うているわけです。(中略)
まずは自然の命というものに対して、もっと感謝して暮らさななりませんな。今の人は空気があって当たり前、木があって当たり前と思っていますけど、水がなかったら命がありませんのやし、生命も育ちませんな。今の人は自分で生きていると思うていますが、自分が生きているんやなしに天地の間に命をもらっている木や草やほかの動物と同じように生かされていること認識しないといけない。
宮大工・西岡常一著『木のいのち・木のこころ』より
科学技術が発達した現代では、どうしても人間が自然を支配しているようなエゴが強くなりがちです。しかし実際はそんなことはなく、私たちは自然の中で生かされているのだということを、改めて認識しなければならないと思いました。
法隆寺大工の口伝(全11箇条)
西岡常一氏が祖父である常吉氏から口伝として一子相伝で受け継ぎ、後世に残された「法隆寺大工の口伝」。それは単なる技術を超え、自然への敬意や組織のあり方にまで通じる深い教えです。
現地を訪ねる前に心に留めておきたくて書き留めた、全11箇条です。

1、神仏を崇めず仏法を賛仰せずして伽藍社頭を口にすべからず
神仏に対する敬虔な心や尊敬の念を持たない者は、神社仏閣の建築について軽々しく語ったり携わったりしてはならないという、技術以前の心構えを説く教えです。
2、堂塔建立の用材は木を買わず山を買え
材木屋で切り出されたものに頼るのではなく、木が生えている「山ごと」買って吟味しなさい。どのような環境で育ったかを知ることで、適材適所を見極められます。
3、木は生育の方位のまま使え
南側の斜面で育った木は建物の南側に、北側の厳しい環境で育った木は北側に。自然の環境と同じ向きで組むことで、木が本来の力を最も発揮します。
4、堂塔の木組みは寸法で組まず木の癖で組め
規格や寸法だけに頼らず、一本ごとの「ねじれ」や「曲がり」という個性を組み合わせ、互いに活かし合って組むべしという教えです。
5、木の癖組みは工人たちの心組み
木の癖を見極めて組み上げる技は、現場で働く職人たちの心を一つに合わせる(チームワークと信頼関係)ことで初めて可能になります。
6、工人たちの心組みは匠長が工人への思いやり
職人たちの心をまとめるには、棟梁(匠長)が配下の職人一人ひとりに深い愛情と適性を見極める思いやりを持つことが不可欠です。
7、百工あれば百念あり、これをひとつに統ぶる、これ匠長の器量なり
100人の職人がいれば100通りの考えがある。それらを尊重しつつ一つの作品へと統率していくことこそがリーダーの器量です。
8、百論ひとつに止まる、これ正なり
議論で100の意見が出たとしても、建築としての正しい本質・真理は一つに集約されるものです。
9、百論をひとつに止めるの器量なき者は謹み惧れて匠長の座を去れ
様々な意見をまとめ上げ、正しい判断を下す器量・覚悟がない者であれば、自ら棟梁の座を降りなさいという厳しい戒めです。
10、枝条を以って幹幹を枝条となすことなかれ
木の部位ごとの本来の性質や強弱を見極め、適切な場所に適した素材(および人材)を正しく配置することの大切さを説いています。
11、寸法はこれを定め、癖はこれに任す
基本となる寸法(構造の規律)は厳密に定めるが、個々の木の微妙な収まりは、木それぞれの癖に身を委ねて納めなさいという意味です。
本で読んだ背景や学びをまとめていたら長くなってしまったので、今回はここまでを【前編】とさせていただきます。
【後編】では、こうした先人の哲学や思いを胸に抱きながら、実際に「法起寺」と「法隆寺」を歩いて巡ったときの様子をお届けしたいと思います。


コメント