黒部ダムから延々と続くハシゴや橋を越え、辿り着いた奥黒部ヒュッテ。今回の山行の主目的は「奥黒部での釣り」だ。
2日目:黒部川での釣り
2日目の朝、静かな森に包まれた奥黒部ヒュッテのテント場で目を覚ます。読売新道から赤牛岳・水晶岳を目指す縦走者たちが早朝に旅立っていくと、テン場には静寂が戻ってきた。
テント脇には、昨晩の雨のせいか20cm級の巨大なナメクジが出迎えてくれた。魚には嫌われてしまっているが、どうやらナメクジには好かれてしまったらしい。
寝覚めのコーヒーを飲み、リゾットの朝ごはんでお腹を満たす。


2日目は一日を通して釣り。贅沢な時間だ。
まずは準備運動を兼ねて、奥黒部ヒュッテの下を流れる黒部川本流から竿を出してみることにした。目の前に広がるのは、日本とは思えないほど雄大で美しい渓谷美。ただそこに立ち、竿を振るだけでも胸が満たされるようなロケーションだ。


しかし、現実は甘くない。秋の長雨の影響か水量がかなり多く、流れも速い。川を渡るポイントも少なく一苦労で、全体的に魚の反応は非常に渋い状態だった。
そんな厳しいコンディションの中、ルアーで攻めていた同行者の友人が見事にやってくれた。力強い引きの末に彼が釣り上げたのは、32cmの見事なニジマス!管理釣り場以外では、最大である。

『山と高原の地図』には「イワナ」と赤字で書かれているポイントなのだが、黒部湖に近いせいか、あるいは大物のニジマスに押されているためか、このあたりはニジマスが優勢な印象を受けた。
一方、テンカラ釣りの自分の仕掛けにはまったく反応がない。増水した激流に対して自分の技術では毛鉤をうまく馴染ませることができず、手も足も出ない状況だった。


東沢谷へ移動するも、テンカラには厳しい現実
昼過ぎからはポイントを変え、東沢谷へと向かった。
しかし、自分のテンカラにはやはり反応がない。唯一、大物のイワナがかかったが、残念ながらバラしてしまった。水量が多くて流れが速いので、数少ないプール状のポイントを狙ってみるものの、毛鉤に魚が反応してくれる気配は皆無。結局、自分は1匹も釣ることができず、不完全燃焼のまま竿を畳むこととなった。
奥黒部ヒュッテから少し遡行すると、ゴルジュ帯が現れて、上流にはいけない。そこで、読売新道を登って、上流から入渓しようと思ったが、険しく、増水による危険もあるので、残念ながらやめておいた。登山や渓流釣りでは、迷ったら無理せず安全側の判断をするようにしている。
激流の中で見た「ベテラン釣り師」の執念
今回、途中で出逢ったベテラン釣り師の方と話をする機会があった。 その方も「やはり今日は厳しいね」とおっしゃっていたのだが、そこからの話に圧倒されてしまった。
とても釣りにならないような激流と増水の中、そのお方は諦めず、対岸のわずかなポイントへ粘り強く毛鉤を打ち込み続けたという。そしてテンカラで27cmの見事なイワナを仕留めたのだそうだ。
さらに驚いたのはその後の展開。激流の中でイワナを引き揚げる途中に、なんと愛用の竿がポッキリと折れてしまったのだという。普通ならそこで諦めてしまいそうなものだが、その方は折れた竿を手で直接掴み、力技でイワナを引き揚げたのだとか。
その圧倒的な執念と情熱には、ただただ脱帽するしかなかった。自分の釣りは技術はもちろん、山と魚に向き合う心構えや熱量すらまだまだ足りないと痛感させられた瞬間だった。
小屋の温かいもてなしと、贅沢な晩御飯
夕方にテント場へ戻り、メスティンでご飯を炊いて中華丼の夕食を食べていると、嬉しいサプライズがあった。
秋の長雨でキャンセルが相次ぎ、9月末の小屋締めを前に食料が余ってしまうとのことで、奥黒部ヒュッテのスタッフの方からたくさんの差し入れをいただいたのだ。
いただいたのは、香ばしいソーセージに、旨味が詰まった焼き鮭とサーモン。さらに、うどん鉢になみなみと盛られた具だくさんの大盛り豚汁まで!
自分で用意した中華丼に加えて、テーブルの上は一気に豪華なご馳走で埋め尽くされた。アツアツの豚汁と脂の乗った魚やソーセージが染みわたり、思いがけない温かいおもてなしにお腹も心も大満足となった。


食後はヒュッテのお風呂(700円)をお借りして、汗と疲れを流した。山深い奥黒部で温かいお湯に浸かれるありがたさ。その夜は心地よい余韻とともにぐっすりと熟睡することができた。

3日目:試練の帰路
そして3日目は、再びあの「アスレチック街道」を黒部ダムへと戻る帰路だ。
奥黒部ヒュッテを出発し、黒部川ともいよいよお別れ。登山道から「ニジマスがいそうだな」というポイントを眺めつつ、再び手製のハシゴや橋が連続するタフなルートへと挑む。高度感のある崖沿いや気の抜けない箇所が続くものの、往路で感覚を掴んだせいか、ハシゴや橋の通過にも少し余裕が生まれていた。




渡船場には出航の1時間前に到着した。東屋などもなく、ただじっと座って、湖畔を眺めて船を待つ。

やがてやってきた渡し船は、乗組員を含めた定員が12名。1船目に乗り込めたのは10名のみだったため、自分たちは約20分ほど待って戻ってきた第2船に乗船することとなった。

対岸へ渡ったあとも、しばらくは激しいアップダウンが体力を削っていく。7時間におよぶ長丁場の歩行。渡し船に乗ってからの方が歩行時間が長い。


やがて最後の木橋を渡って登り切ると、見覚えのあるロッジくろよんに到着。


そこからは舗装路へと変わり、最後に鉄製の吊り橋を渡る。

暗いトンネルを抜けた瞬間、まるで映画『千と千尋の神隠し』のワンシーンのように現実世界へと引き戻された。そして、2日ぶりにスマートフォンの電波が繋がった。

ダムの観光放水を最後に眺めて、電気バスに乗り込み、下山後は大町温泉郷の「湯けむり屋敷 薬師の湯」でさっぱりと汗を流した。

さらに「道の駅 安曇野松川」へ立ち寄り、新米とピーマンをお土産に購入。信州の本格蕎麦でお腹を満たした。



帰路の車中、今回の釣行をじっくりと振り返ってみる。自分自身は1匹も釣ることができず、不完全燃焼の思いがなかったといえば嘘になる。
しかし、ふと中国の哲学者・荘子が説いた「無用の用」という言葉が頭に浮かんだ。一見すると何の役にも立たない「無駄なもの」が、実は大きな役割や価値を持っているという意味だ。
これは私自身の好きな言葉でもある。「意味がないな」と思ってやっていた仕事が、のちになって非常に意味のあるものだったと気づく経験を、これまでの人生で度々してきたからだ。
タイムパフォーマンスや結果ばかりが求められる現代社会において、1匹の魚も得られないまま丸一日を費やすことは、極めて「無駄な時間」だと切り捨てられるかもしれない。
だが、魚が釣れなくてもいい。絶え間なく響く激流の音を聞き、雄大な黒部の渓谷美の中でただ風を感じ、無心になって糸を垂らし続けたあの時間はどうだろうか。損得から完全に切り離されたこの「無駄に見える時間」こそが、現代人にとって心を解き放つための最高の「無用の用」なのだと、今ははっきりとそう思える。
充実感とほろ苦い課題、そして大自然の中で過ごした「最高に無駄で、最高に豊かな時間」を胸に刻み、私たちは帰路についた。


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